15歳の青さと甘さ
初めまして。1馬力(いちばりき)と申します。
初心を忘れぬよう先ずは昔の自分が思っていたことを記録しようと思います。
私は田舎のごく平凡なふつうの家庭で育ちました。ふつうの定義は人それぞれと思いますが一般的に見て裕福ではなくても生活に困らない程度の家庭です。共働きの両親もまじめで優しく、兄と妹がいるのですが3人兄弟の次男として兄弟分け隔てなく愛情を注いで育ててもらいました。
父親は運動神経抜群なので野球、サッカー、バドミントン、卓球、水泳などいろいろなスポーツの基礎を教えてくれました。母親は厳しさと優しさををもって子育てをしていたので物事の是々非々に基づいて叱ったり、褒めたりと接してくれたので不公平感は全く感じずに子ども時代を過ごすことができました。勉強しろと言われることもなく、また、両親ともに自然が大好きなのでたまの休みには登山やキャンプ、山菜取りなど自然と触れあう場所によく連れて行ってもらいとても楽しかった幼少期の思い出が鮮明に残っています。その影響か1馬力も自然が好きな人間に育ちました。
(なんだか思い出して書いていると〝ふつう”というか・・・かなり恵まれた幸せな家庭でしたね。。。改めて両親、家族に感謝!)
ところがところが、そんな環境で育ったにもかかわらず反抗期が来たんです。
まぁ、それも誰もが通る道なのか・・・15歳のころ。
思春期、反抗期真っ只中。
なんなんでしょうね、あのイライラが止まらない時期って。
(どうも世の中には反抗期なく育つ方もいらっしゃるようです。恐らく私など及ばない人間のできた方々でありそんな方々には敬意を表します!)
とにかく自分の親と接すること、親に言われること全てにイラついて反抗しまくりました。さすがに暴力的なことはしませんでしたが態度や言葉があまりにも酷かったです。
(・・・なんだか思い出すと泣きそうです。。ここには書けませんがずいぶん酷いこと言ってたなぁ。。。あの時の親、特に母親の気持ちを思うと土下座しても足りないです。。。。父上、母上、当時の私の愚行と非礼に改めてお詫びを申し上げます。申し訳ございませんでした!)
でもその時って全く悪いっていう実感がなかったんですよね。むしろイラつかせる原因を作りやがって、なんて思ってるんです。この1馬力小僧は。反抗期のピークは15歳~16歳、高校1年の冬でしたね。
私には現在小学生の子どもがいるんですがもしそんなことされたら耐えられるかどうか・・・
でも因果応報だとも思っているんで自分がそんな目に遭わない、なんて甘ちゃんな考えは持っていません。その時は受け入れる覚悟で子育てしています。
まぁちょっと脱線するんですが子どもができたとき各自治体が実施するパパ教室みたいなものに新米夫婦で参加するんですがそこで妊婦さんの大変さやら人形を使っておむつの替え方やら講義を受講するんです。
その時に講師の方がお話されたことがとても印象に残っています。
「お子さんが思春期になると体の成長とともに心にも変化が出てきて反抗期になります。でもこれはお子さんの親離れする気持ちの現れだと思ってあげてください。」
「それまであれもこれもとお子さんのために色々と気にかけて手助けしてきたので親としては反抗されて驚くと思いますがそれは1人立ちしたい、というサインですので親は親で少し距離間を調節し子離れの時期だということも考えてみてください。」
まぁ全ての人が当てはまる訳ではないと思いますが、私は率直に(ああ、この考え方。とても納得。もっと早く知りたかったなぁ。)と思いました。この考え方を自分たち親子が早く知っていたら反抗するにしても無駄にお互い傷つかずもっと相談とか交渉とか違うアプローチができたのかも、とも思います。
すみません、、、話を戻しますね。
反抗期の序章、15歳、高校1年の夏休みに何となく考えたんです。このまま突き進んで自分の人生はどうなるのだろうか?この高校を卒業して就職か進学か、進学したっていつかは就職するわけで、じゃあ何がやりたいのか?どんな仕事がしたいのか?と考えると全く答えはなくて。
私自身の人生に対する考えが甘かったんでしょうけど通っていた高校もそこに入りたくて入ったのではなくて学力的にそこに行けそうだから行った、という感じでしたので、でも周りの同級生たちはある程度人生の進む方向を意識していて、自分はそれが分からず・・・その差を思うと自分は一体何なんだろう?という人生の意味探しが始まり・・・社会経験が全くない小僧なのに社会の進むべき進路を決めてそれに向かって行動する、(どうやってその進路の良し悪しを判断できるの?少なくとも自分で体験していないからほかの大人の言うことを聞いて決めるしかないよね。それは自分の人生を預ける意味で本当に信用できるの?)この矛盾に出会い。
世の中で仕事をしている全ての人がその仕事に就きたいと学生時代から目標にして勉強や運動に打ち込み頑張ってきた人だ・・・もちろんそういう人もいます。
でもそうじゃない人もいます。(私、1馬力のこと)
(やりたいことが無いならいつ働いたって、どんな仕事をしたっていいじゃん。給料は違うかもしれないけど学歴が無くても義務教育の中学卒業したら働けるんだし。働けば一人で生きる分くらいの金は稼げるでしょ。体を動かすのは好きだからやるなら肉体労働がいいな。そして一人暮らしをしたい。)
そんなことを考えるようになったんです。
いやー、青い!そして甘い!って今は思いますよ。
でも当時は世の中に対する見識も浅く狭く、根拠のない自信みたいなものが自分の中にあるのを感じていました。また当時ヴィジュアル系バンドがすごく流行っていてインディーズ含めて色んなアーティストの楽曲をむさぼる様に聞いていました。それらの歌詞がまた15歳の1馬力小僧には刺さるんです。
夢を~云々、自分らしさを~云々、大人になんて~云々、愛があれば~云々・・・
こんな歌詞が余計に小僧の感情を後押しするんです。(誤解のないように捕捉しますが私の感情の揺らぎを楽曲のせいにするわけではありません。揺らぐのは自分自身の心の問題でありそれらの名曲は今も聞き続けています。)
このままダラダラと高校に通い続ける意味はないな・・・一般的にみんな高校だけは出ておけって言うけど世間の常識で敷かれたレールの上をそのまま進む人生なんて自分らしさのかけらもない。
手前味噌で自分で言うのもなんですが、勉強はそれなりにできたほうでした。(上の中といったところでしょうか・・(笑)いやいや自分で言うなって!)
でも何かいつも強迫観念みたいなものを感じていて高校の1学期は追い込まれるように勉強していたのを覚えています。成績が悪いと留年する、ということに怖さを感じたのも覚えています。親には勉強しろとは全く言われていないんですが自分で勝手にそう感じて追い込んでいたんでしょうね。
そして1馬力小僧は思います。
この人生の先にはきっと何もない・・・こんなに勉強していても納得のいく人生は得られない。
そして決意するんです。
高校を辞めて働こう!世間の常識に決められた敷かれたレールではなく、自分で選択して切り拓き積み上げる人生にする!
時代はバブル崩壊後の平成不況真っ只中(いわゆる就職氷河期)。でも両親と家庭に守られている自分は何となくテレビや新聞にそんなニュースが流れている、程度の認識で世の中の不景気なんて実感も沸かず、感じずそう決意します。
でもはっきり覚えているのは
俺は俺の意思で生き抜く!生き抜いてやる!
という決意はありました。
はてさて1馬力小僧の決断はその後どうなっていくのか?
~生き抜く決意②に続きます~

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