生き抜く決意③

高校中退までの足跡②(両親とのせめぎあい)

先生との面談を終えてますます高校中退への決意を固くした1馬力小僧。そして当然このことはすぐに学校から両親へ伝わります。ぶっきらぼうな反抗期真っ只中の息子に対し両親はまず学校でイジメられてるんじゃないか、と心配してくれました。(今だから思いますが、生意気な息子に対してどんな時もまず愛情をもって接してくれたことに感謝します。)

ただ理由を言うと当然両親も理解不能です。いきなり息子が

「早く働いて人生を切り拓きたい」って言ったって「???・・・え?どういうこと?」ってなりますよね。

「何が嫌なんだ?」「勉強が嫌なのか?」「学校が合わないのか?」「学校に不満があるのか?」「働きたいから辞めたい、ってほかに何か理由があるだろ?」「それは学校、勉強から逃げてるだけじゃないのか?」などなど当然いろいろと聞かれます。

でも1馬力小僧としては本当に勉強することに意味を見いだせず意味のないと思ったことに時間を費やすことが理解できなかったんです。結果行きついた答えが

(どうせいつか働くなら)「早く働いて人生を切り拓きたい」だったんです。

両親の気持ちを思えば相当参ったと思います。普通に高校卒業して進学するかもしれない息子がいきなり高校を自主退学したい、なんて言い出すんですから。

両親からも「高校だけは出ておけ、卒業したら好きにしていいから」と言われます。当然両親のほうが人生経験、社会経験豊富なので学歴のハンデで割りを食ってきたことを身に染みて実感していたことでしょう。

私は私ですんなり理解して了承してもらえるとは思っていませんでしたのでそこからお互いに主張を曲げず長期戦に入ります。そこに反抗期の感情が拍車をかけるんです。

絶対に辞めてやる!と

より決意を固めた1馬力小僧と両親との間にはだんだん深い溝ができ、お互いに敬遠するようになります。(これ、今振り返って考えると両親は常に対話の扉は開けてくれていたんですよね。私が絶対に話さない、という感情に縛られていたので深い溝ができている、と感じていたんだと思います。)

互いに主張は平行線のまま2学期が終わり冬休みに入ります。

そんな折に同級生の紹介で郵便局の年賀状配達のアルバイトをすることになりました。2週間弱のスポットワークで朝9時から夕方16時までの勤務、時給740円、人生初の仕事で1馬力小僧としてはこれはこれから仕事をするための前哨戦だ、と気合が入ります。(当時600円台の時給が当たり前だったので高校生のアルバイトとしては好条件なほうでした。)

両親としても社会経験として良くも悪くも刺激になれば、と思ったでしょう。

話は逸れますが学生時代、なるべく早い時期からアルバイトって経験すべきだと強く感じます。やはり社会との接点ができて職場での振る舞いや仕事への取り組み姿勢、任された仕事への責任感など社会人予備軍として勉強になることが本当にたくさんあります。今と当時(90年代)は社会背景が全く異なるので一概に言えませんが挨拶や受け答えがきちんとできる、間違えたときに素直に謝罪ができる、きちんとお礼が言える、って当たり前なんですけど、それができなくて世に出てくる方々もいてその後ご苦労されることが多々あると思います。だから早いうちにこれは標準装備としてきちんと身に着けたほうが絶対に良いです。

すみません、話を戻します。

アルバイト初日からニコニコと笑顔で挨拶し教えてもらった仕事に励みます。(家庭内ではあんなに反抗期の感情むき出しなのに外面は真逆で礼節を尽くします。)・・・ある意味タチ悪いですよね(笑)

1馬力小僧は働きたい、と思って働いているので正直このアルバイトはメチャクチャ楽しく充実していました。ミスをして怒られることもありますし冬は雪が降り積もる地域なので外の配達は吹雪の日もあり寒くて辛いのですが自転車での配達のコースも何度も復習して覚え毎日いかに早く配達をこなせるか、午後の郵便物の仕分け業務も正確に早くこなせるか自分の中で競争しながら仕事をしていました。

無事に冬休み中のアルバイトを終えて思ったこと、

仕事に励む日々って充実してるなぁ!(自分の気持ちが満たされていることを感じます。)

やっぱり早く高校を辞めるしかない!

より決意を固くして高校1年の3学期を迎えます。

~生き抜く決意④に続きます~

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